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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)10703号 判決 1974年4月09日

甲事件原告兼乙事件原告

高橋宏治

右訴訟代理人

鹿野琢見

外八名

甲事件被告

学校法人

帝京第一学園

右代表者

沖永荘兵衛

甲事件被告

前田安佐夫

乙事件被告

学校法人

帝京学園

右代表者

沖永荘兵衛

右被告三名訴訟代理人

品田四郎

主文

一  昭和四五年(ワ)第一〇七〇三号事件被告学校法人帝京第一学園及び同前田安佐夫は、同事件原告に対し、各自、金一一六万一〇七〇円及びこれに対する昭和四五年一一月一〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  昭和四五年(ワ)第一〇七〇三号事件原告のその余の請求及び昭和四六年(ワ)第四六九一号事件原告の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、昭和四五年(ワ)第一〇七〇三号事件については、これを八分し、その七を同事件原告、その余を同事件被告両名の連帯負担とし、昭和四六年(ワ)第四六九一号事件については、全部同事件原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  甲事件について

原告は「被告らは原告に対して各自金七九七万六七一五円およびこれに対する昭和四五年一一月一〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、被告らは「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

二  乙事件について

原告は「被告は原告に対し金七九七万六七一五円およびこれに対する昭和四六年六月一二日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および第一項につき仮執行の宣言を求め、被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

<以下、事実欄略>

理由

一当事者の地位

昭和四三年四月一〇日当時、被告帝京第一学園は帝京商工高等学校および帝京大学を擁する私立学校法人であり、被告前田安佐夫は右学園の事務局長および帝京大学野球部長の地位にあつたこと、被告帝京学園は帝京高等学校を経営する私立学校法人であつたことは当事者間に争いがなく、また<証拠略>よれば、当時原告は敬老院幼稚園の園児であつたことが認められる。

二事故の発生

昭和四三年四月一〇日午後三時三〇分ころ板橋区加賀二丁目一一番一号所在の、被告帝京第一学園および被告帝京学園の共有にかかる上グランド内において、野球のピッチング練習をしていた帝京大学野球部の学生が投げたボールが原告の左頭部にあたり、同人が受傷したことは当事者間に争いがなく、<証拠略>によれば、原告は、右により、頭部外傷、頭蓋骨骨折、頸椎捻挫の傷害を受けたことが認められる。

三1  本件事故の原因

前記当事者間に争いがない事実に、<証拠略>を総合すれば、以下の事実が認められる。すなわち

原告は、兄の久二や友達の宮下典寛とともに下グランドの西側の塀の破れた穴からグランド内に入り、本件事故当時は上グランドの東南隅の辺りで遊んでいた。

そのころ、帝京大学野球部は、本来の練習場である八王子のグランドが都合により使用できなくなつたため、本件グランドで、鈴木宏忠監督の直接指導の下に、下グランドでは主としてバッティング練習を、上グランドの東南隅辺りでは主としてピッチング練習を行なつていたが、右ピッチング練習も終りに近付き、あと四、五球の肩慣らし程度の投球に入つたとき、帝京大学野球部員訴外大島が捕手の方に投げたボール(硬球)が原告の左頭部にあたり、原告は前記傷害を負つた。

<証拠判断略>

2  本件野球練習に対する被告前田の注意義務。

一般に、クラブ活動は、大学においても教育活動の一環として行なわれるものであり、本件帝京大学野球部の場合もその例外でないことは、<甲号証>によつても窺われる。しかして、教育活動の一環として行なわれる以上、指導者たる部長および監督らは、野球競技に内在する危険性に鑑み、右野球クラブ活動の実施(練習を含む。)に際しては、その野球部員自身のみならず、近くにいる見物人等に対しても、その生命、身体の安全について万全を期すべき注意義務が存することはいうまでもない。とくに野球部部長は、部の最高統括責任者として、自らは野球練習の技術的指導に当らない場合にも、部員及び部員以外の第三者にとつて危険のない場所を選んで練習をさせ、かつ部員に対しては安全をよく確かめて練習すべきことを、直接または監督を通して厳重に注意指導して事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるといわなければならない。

3  被告前田の注意義務違反の有無および責任

ところで、前記1に挙示した各証拠によれば、つね日頃本件グランドには、近所の子供たちが、野球練習が行なわれている場合でも、下グランドの西沿にある塀(コンクリートおよび金網)にできた数か所の穴から出入して遊んでいたこと、そして被告前田は、日常右のような状況を見聞しており、本件事故当日、帝京大学野球部の練習が本件グランドで行なわれることを知つていたにもかかわらず、子供たちに対する危険防止について、何ら特段の策をなさず自宅に帰つていたことが認められる。<証拠判断略>

以上の事実からすれば、被告前田が、前述の注意義務に従い、本件野球練習について、自らまたは監督を通して野球部員に指示注意を与え、野球練習中、子供たちを本件グランド内に立入らせないようにし、また立入つた者があれはただちに退出させるなどして、子供たちの生命身体の安全確保につき、適切な措置をとつていたならば、本件事故の発生を防止しえたと考えられるので、この点に同被告の過失が存するものといわなければならない。したがつて、被告前田は、民法七〇九条により原告の損害を賠償すべき義務がある。

4  被告帝京第一学園の責任

被告前田が、被告帝京第一学園の使用用者として、同被告の経営する帝京大学の野球部部長の地位にあつたことは、当事者間に争いがなく、本件事故が、被告帝京第一学園の事業内容である大学教育の一環として行なわれた野球クラブ活動の際に生じたものであること、本件事故につき、被告前田に過失があることは、前記認定のとおりである。したがつて、被告帝京第一学園は、原告のその余の主張について判断するまでもなく、被告前田の使用者として民法七一五条により、本件事故による原告の損害を賠償すべき義務がある。

5  被告帝京学園の責任

被告帝京学園が、被告帝京第一学園と本件上下のグランドを共有していたことは当事者間に争いがなく、<証拠略>を総合すれば、下グランドは被告帝京学園がその経営する帝京高等学校の校庭として占有管理し、下グランドの西沿いの塀および金網は、同被告が設置したものであることが認められる。しかし、同認定によれば、本件事故は、帝京大学の野球部の練習中に同野球部員の行為によつて生じたものであつて、右塀および金網に穴があいていたことによつて生じたものではないと認めるのが相当であるから、原告の被告帝京学園に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

6  なお、被告らは、本件事故は原告のグランドへの不法侵入に基因するものであるから、被告らには責任はないと主張する。なるほど、学校のグランドは一般の通行の用などに供される場所ではないのが通常であり、学校関係者以外の者がみだりに立入るべきではないということができる。しかし本件においては、前認定のとおり、原告は年端もいかない園児であつたこと、本件グランドはかねてから近所の子供たちの遊び場となつていたのに、これに対して学校関係者から適切な禁止措置がとられたことが窺われないことに鑑みれば、一概に一般論をもつて律することはできず、原告のグランドへの立入は、被告らの責任を免れさすものではない。

また、被告らは、本件事故は原告の一方的過失によるものであるから責任はないと主張する。なるほど、<証拠略>によれば、本件事故は、原告において、ピッチング練習をしていた訴外大島と捕手との間に入つたとき、大島が捕手の方へ投げたボールが原告の左頭部にあたり発生したものであることが認められるが、被告前田安佐夫に過失の認められることは前述のとおりであるから、原告の右主張は採用することができない。

四損害

1  治療費など

(一)  原告は本件事故により、頭部外傷、頭蓋骨骨折、頸椎捻挫の傷害を受けたことは前記のとおりであり、<証拠略>によれば、右受傷治療のため、原告は、岸病院に昭和四三年四月一〇日から同四五年七月三一日まで、入院および通院し、その間の治療費は合計三九万三七二〇円であることが認められる。

(二)  <証拠略>によれば、原告が岸病院入院中、付添看護婦鈴木サキエが付添看護にあたり、同女に支払つた費用は合計五万五三五〇円であつたことが認められる。そして右金額は前記原告の病状よりして相当である。

(三)  <証拠略>によれば原告の入院期間は、昭和四三年四月一〇日より四〇日間であつたことが認められ、また雑費は一日三〇〇円を必要とするとみるのが相当であるから、入院諸雑費は合計一万二〇〇〇円であると認定するのが適当である。

2  逸失利益

(一)  原告は、本件事故により頸椎が突起し頸椎神経がいつ切れるかわからない状態にある旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

また、<証拠略>によれば、原告は左眼の視力が、0.4ないし0.3であり、右眼の視力が1.2ないし0.9であることが認定されるが、右視力は、本件事故後四、五年経過した後の測定結果であり、他にも右視力の低下が本件事故によつて生じたことを証するに足りる証拠はない。

(二)  <証拠略>によれば、一方において、原告は、事故直後には医師からその生命もかなり危いといわれたこと、しかし最近においては、脳波の検査も延引しがちであること、小学校入学の際、入学延期の話があつたこと、遊びすぎたりすると頭痛を起すこと、小学校三年生ころまでは学校での運動は控えていたことが認められるが、他方、原告は小学四年生ころからは体育の授業にも参加するようになり、もつともはげしいスポーツのひとつである水泳も行なつていること、原告は事故時満五才であるとともに、昭和四九年一月一日現在満一〇才であり、平均就労時期である満一八才までは、まだ期間が存することが認められる。以上の事実からすると、現時点において、原告の就労時における労働能力の有無、仮りにあるとしてその割合はいくらかを判断するのは、不可能であるといわざるをえない。他にも、右事実を認定するに足りる証拠はなく、したがつて、原告の逸失利益は認められない。

3  慰藉料

前認定の本件事故の態様、原因、その後の原告の病状、原告が最近に至るまで遊びや体育の授業に制約を受けたこと、原告の将来に対する不安、その他諸般の事情を考慮すると、原告の精神的苦痛に対する慰藉料としては、金七〇万円をもつて相当と認める。

五結論

以上のとおりであり、被告帝京第一学園および同前田安佐夫は、各自、原告に対し、金一一六万一〇七〇円および右金員に対する訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和四五年一一月一〇日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告の請求は、右の限度で正当であるから、これを認容し、原告の右被告両名に対するその余の請求および被告帝京学園に対する請求は、いずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(杉田洋一 大沼容之 市瀬健人)

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